« 落穂ひろいの台北紀行④ | トップページ | Colors of the wind-Synesthesia(共感覚)を知っていますか? »

2012年1月 8日 (日)

17歳たち[ウィンターズ・ボーン][永遠の僕たち]

Restless

2012年の最初の1週間が

過ぎてしまいました。

.

おのれの怠慢を恥じ入るばかりですが、

年末年始に仕事がないのは何年ぶりだったでしょう。

満喫しすぎてしまいました。

てへ。

.

のんべんだらりはWisだけでなく、

Shade家は3人そろって怠惰のきわみ。

Lampはもともと週休5日の男で、

これ以上の事態はないと思っていたところ、

あろうことかさらに拍車がかかり、

じつに台湾旅行以降、

なし崩し的に自主休暇(akaサボり)中で

出勤する姿を久しくみていません…。

((・(ェ)・;))  

でもちゃんとおきゅーりょうもらっているよ

.

そして、

同級生がセンター試験準備の修羅場を迎えつつある中、

人生最長のヒマ期を過ごすりすは、

ヒマつぶしの常套手段として

自動車学校に行こうと思ったんですね。

が、

早生まれのため

「きみはまだダメなのよー。出直してきてねー」

(本当にこういう口調だったらしい)

と言われて追い返され、

いよいよますます

ほんもののニート!!

ヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ

.

ひえー。

だれかShade家に

やる気スイッチを―!

.

年明けらしくなく

どうもピリッとしない新年のスタートですが、

今日は

対照的に

みずみずしい17歳たちの映画のお話…。

.

Restless2

『永遠の僕たち』(Restless)

生と死という重い主題を抱えながら

水彩画のようにあわあわと美しい画像で、

セリフも少ない物静かな映画です。

.

両親と同乗していた車で事故に遭い、

両親を一度に失ったばかりか、

長い昏睡状態から覚めてみると、

その葬儀さえ数か月前に終わっていたという

どうしようもない喪失感を抱える17歳の少年イーノック。

その空白を埋めるように他人の葬儀に

勝手に参列し続けているが、

その会場で同い年の美少女アナベルに会う。

アナベルは脳のがんに侵されていて、

余命3か月だった。

.

という、

少女漫画にしてももう古いだろう、

というありがちな設定ではありますが、

ここにアクセントとして加えられているのが、

イーノックの成長を助ける形になる

カミカゼ特攻隊員の幽霊、”ヒロシ”。

.

臨死体験をしたイーノックにだけ見える、

という設定です。

.

映画は、

”生き返った”イーノックのほうが、

この世に取り残された悲しみ、恨み、喪失感を

いつまでも捨てられないでいるのに、

”死んでいく”アナベルが、

「朝になると、夜のあいだに死なずに生きていた喜びで

歌をうたう鳥」

のように残り少ない「生」を楽しんでいる姿を

対比させながら、

イーノックが自分勝手なシニカルさを脱ぎ捨て、

自分の想いを告げること、

人の愛情にこたえること、

死に敬意を払うこと、

自分の足で立ち、生きていくこと、

といった「成長」を身に着けていくさまを

注意してみていないとわからないくらい、

さりげなく

見せていきます。

.

Restless3

この映画で最もおもしろいのは、

やはり加瀬亮演じるタカハシ・ヒロシの”存在”で、

たとえばこんな場面。

.

日本風の美しいお辞儀をイーノックに教えるヒロシ。

頭だけぴょこんと下げるイーノック。

ヒロシ:もっと、体全体を下げて。

     お辞儀は深い敬意を表すんだ。    

イーノ:握手だってそうだ。(乱暴にヒロシの手を振る)

ヒロシ:君たちはいつもそうだ。なんだって力づくだ。

イーノ:じゃあ、君たちはずっとお辞儀してればいいさ。

.

でも、

死期が近づいたアナベルにもヒロシが見えるようになり、

正装したヒロシが彼女の旅のお供をすると言って

ちょっと気恥ずかしそうに隣に立つと、

イーノックは神妙な顔つきで、

無言で深く上半身を折り、お辞儀をします。

.

「君は国のため、家族のために死んだなんて言って、

本当はそのほうが楽だったんだ、

君は家族を捨てたんだ」

と食ってかかるイーノックを

ヒロシが渾身の力で殴り(この幽霊、ちゃんと殴れるんです)、

病院で気がついたイーノックに

ヒロシが出征前に

思いを寄せる女性にあてて書き、

ついに渡せなかった手紙を読む場面。

.

そして、

両親の死でも他人の葬儀でも、

アナベルの余命を聞いても流さなかった涙を流す場面。

.

とても日本的、東洋的な

生と死のとらえ方が全編にちりばめられていて、

「深い敬意」が感じられて、

日本人にとってはこそばゆくもある映画です。

.

日本の現実の中では

政治を見ても社会風潮を見ても、

嘆かわしいことも多いのですが、

大きくかけ離れていた西洋と東洋の考え方、

特に日本人のモノの考え方や生き方が

いまごろやっと西洋の人々の心を打ち始めているのか。

.

だとすると、

彼らに失望されないよう、

わたしたちこそ

もう一度、

日本人本来の優しく清らかな精神風土を

再確認して鍛えなおさなければなりませんね。

すくなくとも、

なにがここまで米国人である映画の作り手の

心に響いているのかを見ておくのは意味があると思う。

.

余談。

イーノック役のヘンリー・ホッパーは

デニス・ホッパーの遺児。

アナベル役のミア・ワシコウスカは

全編衣装がすごくおしゃれでキュート。

しかも、気品があります。

加瀬亮は、

わざとthをsで発音したり、アクセントを平たんにして

日本人らしくなるよう工夫しているのがわかるほど

ナチュラルで滑らかな英語。

幼少期をアメリカで過ごしたことが

影響しているのでしょうかね

37歳ですが、20代にしか見えません。

.

Wintersbone

そして、

癌で17歳にしてなくなってしまう少女が

恵まれた存在に見えるほど

荒涼とした環境で厳しい青春を生きる少女リーもまた、

同じ国の、同じ年の少女です。

.

『ウィンターズ・ボーン』

米国でもっとも貧困率が高く

覚せい剤密造という犯罪が繰り返される地域に生まれ、

否応なしにその一員でいるしかない環境に育った

少女リーが主人公です。

しかも、

父親は服役中、

共犯者の名前を密告することを条件に

家を抵当に入れて保釈金を払い仮出所したために

一族の怒りを買い行方不明、

おそらくもう命はないでしょうが、

その死が証明されないと家は取り上げられてしまう。

母は心を病んで廃人同様。

まだ幼い弟妹も食べさせ、学校に通わせなければ。

とは言え、彼らをおいて働きに出ることすらできない。

近所の人の施しと、

狩りで撃ち落とした野生のりすの肉で

どうにか一日一日を生きるだけ。

.

それでも

質素で飾り気もない防寒着に身を包み、

大股で岩肌のごつごつした山野をガシガシと歩き、

素手でりすの皮を剥ぎ、

凶悪な親族の中に踏み入って一歩も引かず

殴られて血だらけになり顔を腫らしながらも、

リーには凛とした品格さえ感じます。

.

父親の死体を切り落とし、死の証拠として差し出すことで

家族を守ることさえする。

.

その「強さ」はどこから来るのか。

.

そのヒントは、

リーが自分を表現していたこの言葉にある気がします。

"Bread-and-butter".

.

これは辞書を引いても、

日用の、平凡な、とかいう訳語しか出てないものが多く

ニュアンスが伝わりにくい言葉ですが

たとえば、

I'm a bread-and-butter kind of girlというと、

party-girl、つまり、社交的で派手好きな

華やかさを好む女の子とは対照的な

「地道で実用的な服装を好み、

家族やごく少数の友人がいれば十分というタイプ」

だ、という意味です。

質実剛健、武骨、実質的なリーの姿は

確かに彼女の暮らす山間部の厳しい自然とも似て、

装飾や媚とは無縁の潔さがある。

.

つまり、

彼女は決して自分が

特殊な環境で厳しい生活をしているという自覚も、

世の中には豪奢な家に住み高級車を乗り回し、

経済的な心配もなく毎シーズン新しい華やかな服を買い

パーティーやゲームに明け暮れる同年輩の少女たちが

いるという事実も知りもしなければ興味もないでしょう。

貧困から抜け出す唯一の方法が

軍に入隊することだということの悲惨さにも

まだ気づいてないでしょう。

.

だから自分は決して

「かわいそう」ではない。.

.

リーの「毅然とした美しさ」は、

他人と比べないことから来るものかもしれません。

.

リーにとっては、

「自分はこういう(武骨な)性格の人間だ」

という自覚しかないからこそ、

揺るがなくてすむのです。

.

まだリーは「井の中」にいて大海を知らないからこそ、

自分の環境を客観的に見る必要もなく、

それでみじめさを味わうこともないのでしょう。

.

それが、幼さであり、

若いということの一つの特権でもある。

と思います。

同時に、

やがて十分に大人になり、

客観的な目で自分を見る日が来た時、

自分で選択した誇り高い「強い」生き方が、

実は環境や運命に揉まれる「か弱い」姿だったと気づくとき、

彼女の落胆はいかばかりか、

と思うと辛くもあります。

.

その日は、来ないかもしれないけれど、

意外にすぐに来てしまうのかもしれない。

青春の特権的な最後の美しい光を見るような目で

まぶしく

リー役のジェニファー・ローレンスを見てしまいました。

Wintersbone2

.

|

« 落穂ひろいの台北紀行④ | トップページ | Colors of the wind-Synesthesia(共感覚)を知っていますか? »

映画・テレビ」カテゴリの記事